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3・11

昨年の今日。

2011年3月11日金曜日。

天気は晴れ。でも、お昼過ぎ、東北の空はにわかに曇って・・

こんな時期に雷でもなりそうな雲、ねずみ色の空になって嫌な感じの空だねって

バイト先のベテランHさんと一緒に仕事しながら話してた私。

常連の年配のお客様で、自意識過剰といわれるかもしれないけど、

私と話をするのを楽しみにしてくださるように買い物に来てくださる方がいるんだけど、

いつも、ぐい飲みのようなカップ酒か、紙パックの日本酒とちょっとのおつまみをお買い上げ。

その方が、実は今日誕生日なんですって、7?歳だそうで・・。

そうなんですか?じゃあ、今日は祝い酒ですね!あたし、チュウハイくらいしか飲めないけど、今夜はうちでお祝いの乾杯させていただきますね!なんて、カッコつけて・・。

いつも通り、金曜日だったから、13時までのシフト。

ちょっと残業して、13時半には店を出て・・。

ドラッグストアで買い物があったから、うちに帰る前に済ませようとお店へ。

買い物を済ませて、車を発進・・・。

駐車場から道へ出ようとした瞬間。

強風にあおられたような変な感触があったんだけど、道を走ってた車と、道に出ようとしたタイミングで気にせず走り出した私。

すぐに異変を感じました。

まっすぐ走れないの。

ハンドルを一生懸命支えるんだけど、暴れるの。

車も横に揺れて・・。

冬は北からの強風が空っ風として有名なわが市。

風?

・・・違う。

風にあおられてる揺れ方じゃない。

じゃ、パンク?

・・・経験ないけど、たぶん違う。(パンクしたタイヤ側に曲がって走ると聞いたことがある)

必死でハンドル支えながら、自分の見ることのできる、視界に入る情報を頼りに必死に自分の中で考えられることを思い起こす。

同時に何をしたらいいのかを判断しようとする。

電柱と電線の揺れてるのを見て、はっと思い当りました。

地震?!

 

地震だと思った瞬間。

すぐに車停めなくちゃ・・って思ったんだけど、バックミラー見ても後ろからも車走ってきてるし、

片道1車線のあまり広くない道。

急に止まる方が追突の危険大。

どうしよう・・止まるに止まれない・・・

自宅方向へ曲がる信号も青。

とにかくその信号を曲がって・・。

数十メートル先に変な向きに止まってる車発見。

その瞬間、あ、ここなら止まれる。と、すぐハザード出して左側の路肩へ。

止まったものの、車は揺れ続け・・。

何が起きてるのか・・

長かった・・

地震だって、車運転しててわかったのなんて初めて。

運転してるのが怖くて停めなくちゃって思ったのも初めて。

どんだけ大きい地震がどこで起きたのか、何が起きたのか、全然理解できない。

ナニ?何?なに????頭の中、?だらけでした。

いつもはドリのCDをヘビロテのカーオーディオ。

金曜日だったから、たまたまFM(私の好きな聴視者参加型の生番組やってる時間だった)

揺れが収まったのと同時に、ラジオからの声が耳に・・・。

「今、スタジオでも大きな揺れを感じました。震源は宮城県沖。・・・」

たぶんパーソナリティさん。身の安全を確保してくださいとか、運転してる方は車を止めてくださいとか、いろいろ伝えてくれてたと思うんですけど、覚えてないし、その時も耳に入ってませんでした。

宮城沖?うそでしょ?情報錯そうして間違った情報じゃないの?

真っ先にそう思いました。

だって、我が家は群馬県高崎市。

宮城県からはおそらく直線でも300キロくらいは離れてるはず・・

(ダンナの実家の福島市まで、車で300キロくらいは走るんだもの。直線距離とは違うけど)

それだけ距離があって、あの揺れ?

正直、パニックに近い感情に支配されました。

家は?

建物もだけど、ガスは?

あ、は?迎えに行かなくちゃ?今何時?14時50分くらい・・

今日は15時に学校を出てくる予定のはずだから、まだ、早いか・・。

いろんなことがめぐって、とりあえず家を確認しに戻り・・。

引き出しが飛び出してたり、鏡台の上のものが落ちてたり、本棚からの教科書やら本が全部落ちてたり、ダンナの友人の手作りの大きな花瓶が転がってたり・・。

金魚の水槽の水が大量にあふれてたり・・

家じゅう悲鳴あげながら確認して、片づけられるところは戻して・・。

のスイミングの日!

怖いから休ませちゃえと、電話。

つながらないかも?なんて全然思わず、普通にかけたら、普通に通じて、休ませますって連絡できて・・(後で、奇跡的な出来事だったことに気づいて驚いたけど)

ダンナや実家の母に安否確認しようにも電話全然通じない・・。

メール問い合わせし続けたら、メールだけ入った。

母も無事。学校からは集団下校にするという連絡。

ダンナからも何とか・・・。

集団下校になって迎えに行った方がいいのか、待ってた方がいいのか・・。

迷って迷って、どうしていいかわからなくて家の中、うろうろ・・・。

二階に行ったり降りてきたり、二階から見える通学路を見て、降りて

ご近所さんがどうしたか見ようと外へ出たら、もう一度大きめの揺れ。

悲鳴を上げてあわてて家に入り・・。

一人アタフタあたふた・・。

もう一度外へ出たら、ご近所さんが車で出かけるのを見かけ・・。

あ、迎えに行くんだって思って、私もやっぱり行こう!って車を出して・・。

無事、を連れて帰れて・・。

学校もいろいろ大変だったみたいで、はたまたま帰り支度全部できて帰ってきたけど、クラスによっては帰り支度できないうちに地震が起きて避難させられたらしく、ジャンパーやコートすら着られず、上履きのまま、何も荷物も持たない身一つで震えながら帰ってくる子も・・。

家に帰ってからは、ただひたすら、怖くて、家に閉じこもることに決め込んで・・。

電気もついたから、TVで情報を得ようとつけてて、東北地方の被害に言葉を失い、何が起きたのかも見て、大変なことになったと思うんだけど、思考回路うまく回ってない・・。

幸いメールでダンナとも連絡取れたから、向こうの実家や、一人暮らしの伯母の様子見てきてね。って頼み・・(ダンナ自身が動きとれなくなるかもなんて思いもしないから、勝手なお願いいっぱいしてた。幸い車で移動可能だったけど、かなり無謀なこと頼んだよね、今思うと・・・)

実母とのメールで、実家は停電してることを知り、ダンナのことを心配してくれたのお友達のママからのメールで、うちから数百メートルのところのお宅でも停電してるのを知り・・。

どんな偶然かわからないけど我が家は恵まれた環境だったことを後で知り、ありがたいと思う前に、申し訳ない気がしました。

東北地方には親戚も多い我が家。

TVで見る惨状に、みんな無事なのか・・

心配すると同時に、何もできなくて・・。

翌日以降、もっとひどい被害にあったところなどの情報が入ってきて、

どうなっちゃうんだろうって、怖かったです。

 

あれから、1年。

幸い、我が家の親戚等は、被災して家の屋根が崩れたお宅もあったけど、

みんな無事でした。

そして、今は、何とか普通の生活ができています。

 

でも、まだ、以前と同じ生活どころか、今後の見通しも立たない方がたくさん。

ここ数日、あれから1年ということで、震災の特番のようなTVもたくさんやってます。

それを見るたび、心がキュッとなります。

私に何ができるんだろうとか、一日も早く復興できますようにとか、思うけど、何もできなくて・・。

思うんだけど、でも、なんだか、何を思っても、ここで何を書いても、すごく軽い言葉になってしまう気がして・・。

どうやって、記録しておいていいのか、わからないし、

今つらい現状にいる人のことを思うと、私の発言が軽々しく思えて、

ここに書く資格ないんじゃないかと思ったり・・。

 

でも、あの時の恐怖。

震源に近い方たちの恐怖とは比べ物にならないけど、

あの恐怖は忘れちゃいけないと思うので、あの日の記憶を改めて書きました。

 

うちの娘。

学校から無事帰ってこられました。

私の顔を見るなり号泣した娘。

ジャンパーも来て、ランドセルも背負って、上履きもちゃんと持って。

仲のいいお友達とはぐれることもなく一緒に帰ってこられたけど、私の顔を見た瞬間。

私にしがみついて、号泣しました。

落ち着いてから、どこで揺れたのか、どうやって避難したのか、聞き出せたとき、

娘も、学校の中で運のいい環境にあったことがわかって、担任の先生に大感謝でした。

娘のクラス。

3階の角部屋。窓の多い部屋でした。

おそらく、教室で揺れたのだったら、ガラスもガタガタと大きな音を立てて、揺れ以上に怖い思いをしたでしょう。

15時に学校を出る予定の時間割。

たまたまだったんだと思うけど、14時40分ごろには、帰りのあいさつを済ませて、教室を出たそうです。

3階から降りて、中庭に出た瞬間揺れたそうです。

その時、担任の先生も校舎から飛び出してきて、子供たちを自分の周りに呼び寄せ、全員を抱きかかえることができない人数にもかかわらず、全員を守るように両手で抱くようにして、座らせて、揺れが収まるまでずっとそうしてくれてたそうです。

 

おそらく、怖かったと思うけど、同時に、安心感ももらってたと思います。

そのことは、娘もきっと忘れないと思うけど、先生に対する感謝の気持ちと一緒に、私もずっと忘れません。

 

忘れないこと。

今、私にできる唯一のことだとおもいます。

だから、覚えています。

 

 

なんて書いていいか、やっぱり分からないです。

ごめんなさい。

 

この震災で悲しい思いをされているすべての方の心が少しでも明るくなること(悲しみが癒えることはないと思うので)

亡くなられたすべての方のご冥福を・・

そして、被災された方々が、一日も早く普通の生活に戻れることを

心よりお祈り申し上げます。

 

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